シュレーディンガー

Erwin Schrödinger

( 1887 - 1961 )

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1. 背景

前期量子論では、粒子も波の性質を持つことが分かってきました。 二重スリット実験では1つの電子が波のように回折し2つの隙間を通り抜けたようにふるまいます。 しかし波といわれても物理学としてどうアプローチしてよいのか見当がつかないのは当然です。 これまでの力学では、粒子がどこにあるのか位置は明確に決まっているものとして扱ってきました。 しかしこれが波となれば広がりを持ち、「位置」といっても明確にどこを指すのかわかりません。

電子はもちろん粒子でもあるはずです。 波のようにふるまっていたとしても、実際はどこか一か所に存在しているはずだというのも一つの考え方です。 しかしその位置は常に曖昧にしか測定できないのです。

電子の位置を調べるには、その動き邪魔をしないように非常に弱い光を当てて観測しなければなりませんが、 その反射光も波のように広がるため、電子は結局どこにあったのか正確にはわかりません。 かといって位置をそれなりに正確に知るために強い光を当てれば電子のふるまいに影響を与えてしまいます。

このジレンマはどのようにしても解決できませんでした。 例えば二重スリット実験でどちらのスリットを通ったか特定する仕組みを入れれば、他方を通る波は完全に消えてしまい干渉縞は現れなくなってしまいます。 波を粒子として捕まえれば波は消えてしまうのです。 波としてふるまっているものは波のまま扱わざるを得ません。

量子力学は今までの物理学の枠組みで説明できるものではありません。 これまでの物理学とは根本的に違った考え方が必要です。 現在では量子力学以前の物理学は「古典物理学」に分類されます。


2. 発見

ハイゼンベルクの不確定性原理

1925年ハイゼンベルクは、これまでの物理描像を捨て、新しい理論の定式化を行ないます。 運動量や位置などの物理量を行列を用いて表現したのです。 このハイゼンベルクの行列力学は、ボルン、ヨルダンらとともに展開されていきます。

1927年ハイゼンベルクは、行列力学から導かれた結論「不確定性原理」を定式化します。 行列力学では粒子の位置は1点に定まらず、ある程度の不確定な幅を持つというのです。 運動量についてもしかりで、位置の幅 $ $$Δx$ と運動量の幅 $Δp$ には次の関係があります。

この不確定性は実験装置の問題ではありません。 粒子は波のようにふるまい、波の位置はそもそも点で表すことはできないのです。 そして位置が正確になればなるほど運動量は不正確になり、運動量が正確になればなるほど位置は不正確にしか決まりません。 我々の身の回りのありとあらゆる物体に不確定性はあるのですが、我々のスケールではそれはあまりにも小さく気付かないだけなのです。

シュレーディンガー方程式

1926年シュレーディンガーは、行列力学とはまったく異なるアプローチ、波動力学を考案し量子力学の定式化を行います。 後にシュレーディンガーは行列力学と波動力学は等価であることを証明します。

波動力学から導き出されるのが、量子力学の基礎方程式「シュレーディンガー方程式」です。 この式からも位置と運動量の不確定性は出てきます。

時間に依存しないシュレーディンガー方程式

位置や運動量が不確定なのと同様に、通常はエネルギーもまた不確定なものです。 ただし原子に束縛されている電子のようにエネルギーが明確に決まる場合もあります。 このようなケースでは波動関数は定在波となっており、エネルギーの出入りがない限り波はその場で振動し続けています。 方程式も先ほどより少しだけ簡単に書き直せます。

コペンハーゲン解釈

結局ド・ブロイ波とは、それを表す関数 $Ψ$ の値とは何を意味するのでしょうか。 二重スリット実験では、ド・ブロイ波が干渉して消えてしまうような場所に粒子は当たりません。 原子に閉じ込められた電子は、ド・ブロイ波が干渉して消えてしまわないような軌道しかとりえないことはわかっています。 しかしその一方で我々は波のように広がっていく粒子など見たことがありません。

ボーアやハイゼンベルクらは、ド・ブロイ波を粒子の存在確率の波と考えました。 粒子は普段は波のように広がっており回折や干渉などの現象を起こしますが、 波の性質はある瞬間に突然消えてスクリーンや写真のフィルムなどどこか1点に跡を残します。 それまで広がっていたド・ブロイ波が小さな1点に収縮するのです(波動関数の収縮)。 このとき粒子がどこで見つかるか、その確率が波の振幅の2乗で表されるというのです。

量子力学の解釈は他にもありますがもはや哲学的な話になってきます。 我々は粒子を点としてしか認識できないのは事実です。 粒子はスクリーンに当たるまでは波だったのか、 それとも波は計算上の虚構に過ぎず、実際にはずっと点として存在していたのか、 それは誰にもわかりません。 ただ粒子を波として扱わなければこの世界の現象をまったく計算できないのは事実です。


 


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